「時間というのは現実世界のもっとも大きな制約である。そして普遍性とは、時間に縛られないことである。(中略) だから時間を克服する=モデル化することが、三次元空間を完全に征服するということである。」(P.18)

>私も以前から生命や自然は「時間」の概念の産物であるような直観があり、時間概念の理解と操作可能性の実現を抜きにして、生命や自然の完全な理解は困難であるような気がしている。
しかし、これも直観の域を脱していないが、先述の西洋的な要素還元主義的な思考の末の理解とは別の方法として、東洋的な全体論の思考の末に辿り着く、時間認識および生命、自然についての結論は、両者共に異質のものであるような気がしている。

「人間の脳は、人間を認識し、人間と関わるようにできている。ゆえに、その人間が使いやすい製品を作ろうと思えば、必然的に人間らしい機能を与える必要がある。」(P.31)
演劇(アンドロイド演劇『さようなら』(作・演出:平田オリザ)) を見た者のほとんどが、アンドロイドに人間らしい心を感じたと評価したのである。(中略)「心」の本質は、人間やロボットの中にではなく、それを観察して感じる側にあるということになる。すなわち、「心」とは社会的な相互作用に宿る主観的な現象だということになる。(P.37)
生命/非生命を問わずみんな共存する新しいコミュニティを創造することが大事なんです。自然の生態系を模倣したまったく新しい人口の社会がどんどん変化して、人だけでは作れなかった科学的知識や技術が生まれてくるような・・・・。(P.43)
ブラックホールが宇宙と関係ないところで生まれたのは人間がいたからで、人間の概念世界と言語操作によって技術が生まれ、ブラックホールができたとも言える。(中略) 概念ができると、それを具現化する装置が生まれる。そういう意味で「はじめに言葉ありき」ですよね。(P.47,49)
ロボットが複数体あれば、すぐに個性も生まれる。(中略) そこに社会性を見出した途端、人間はそうした単なるハードウェアの特徴を、個性のように勝手に解釈してしまうのである。(中略) 「個性」か「機械の仕様」かという違いは、それを見る側が勝手に区別するものなのである。(P.53)
技術開発の目的は、脳を身体的な制約から解き放つことである。(中略) 電話を使えば移動しなくてもいつでも誰とでも話をすることができるように、技術によって脳はより自由になり、身体の物理的意味はどんどん薄くなっている。(P.71)
たぶん人間をもっとも人間らしくしているのは想像する力です。(中略) 少ない情報で世界観を共有できるというのが最も人間らしい作業だからです。(P.105,106)
われわれが決めている「人間」の範囲が狭すぎているだけで、それを拡張して考えることで、いたるところに人間性、あるいは生命らしさは見出せるのではないかと思ったんです。(中略) 知っているものからの逸脱性みたいなものこそが想像力を引き出す契機になり、「生命っぽさ」の印象に近いのではないか。(P.110)
ロボットを作ることは、ロボットにプログラムをインストールすれば終わりではなくて、アンドロイドの周りの半径5メートルの「場」を作ることでもあったし、逆に言えばロボットを作ることは「場」が出来上がることでもある。(P.131)
つまり生命らしさというのは、実際に知っている生命に似ているかどうかよりも、まず受ける印象だと思うんです。(P.142)
生命と非生命が渾然となって生きている社会になろうとする今、相互に影響を与え合って、人も機械も新たに生命化していくということはあると思う。(P.162)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP